WILLIWAWの村・・・6

チーフエンジニア氏が電動ドリル、ドリルの刃、タッピング、ボルトなど工具袋に入れて持ってきてくれる。パーツはすべて鉄であるが、短時間(ヴァンクーバーまで)の使用であるし、錆びてしまったほうがフィットしていいだろう

「私は今日忙しい・・・君一人で出来るよ・・・」と帰っていった

 

両脇から鉄の副木を叩き込み、船内もチェック

ドリルで穴を開けタッピングでねじを切る

シリコンをつけてボルトをねじ込む

ステイ、ハリヤード ロープ類でマストを固める

写真上  「グットジョブ!!」作業終了

上出来の修理である。チーフエンジニアーの段取りと早い仕事ぶり、やれることは自分でやれ・・・の精神、見栄えよりも実質、これが「アラスカ魂・・・インディペンデント!!」だ

 

恐る恐る「請求額は・・・?」と聞くと「いらない!」と言う

「アラスカ人は困っている人には援助をする、いつか君が誰かを助ければいいことだ・・・」

 

この一言に、おいらはシビレてしまいました・・・。

 

なれない作業で腰が痛い

WILLIWAWの村・・・5

ヴァンクーバーのフィンリー氏へ手紙を書く

 

「8月2日、今私たちはアラスカ半島の西端、King Coveに停泊中です。 マストがねじれ、通常の帆走は不可能です。

 

ヴァンクーバーまでは応急修理のマストで航行しようと思います。好天をとらえ、9月末までには到着したいと考えています。

 

新しいマストの輸入、加工に便利な停泊場所のアイディアをお願いします。

 

私のヨットは「べネトー ファースト38です。マストはISOMAT France」です。

このヨットの前オーナーはカナダ人で、バンクーバーの代理店で購入したと言っていました。

 

到着し次第、発注できるよう情報収集、お願いします。私たちは、以下のルートで南下します・・・・・」

 

手紙を書き上げ、ピーターパンの女性スタッフに添削してもらい投函した。

WILLIWAWの村・・・4

8月にはいった

夜半から強風が断続的に吹く

昼過ぎには凪となる

写真上  岸壁からの鱒つり

 

自動操舵は保障期間中なのでニューヨークの代理店へ連絡

必要な部品は次の寄港地「Sand Point」に送ってくれると

のこと・・・再度指定箇所をチェックし連絡せよとFAXが届く

 

マストの隙間を計測し図面を書き上げる

側面のアールを忠実に再現しなくてはならない

エンジニア氏は「ノープロブレム!」・・・プレス機で再現可能と心強い・・・「明日持ってくる・・・」という

 

早くも、同日、夕方「終わったよ!」と曲げ加工、穴あけまで済ませて持ってきてくれた

「明日、タッピング作業をしよう」と帰っていった

 

マーケットで見つけた赤蕪(ビーツ)でボルシチ(サワークリームたっぷり)

ビール二本ですっかり酔ってしまった

写真上 キングコーブの夕暮れ

暖かな、穏やか日の大事件だった・・・

WILLIWAWの村・・・3

翌日マストを見ていて、何かが変だ!

 

マストの中心が少し右にツイストしている

デッキとマストの防水カバーを慌てて取り除く

ヒビが入り少しつぶれている!!

妻とそれを見て・・・呆然自失!

この旅は続けられるだろうか・・・?

 

気を取り直し、ハーバーマスターに相談する

高木さんも多忙に関わらず、ピーターパンのチーフエンジニアをつれて来てくれる

写真上  中央の大男がHマスター(Mr.Jon Gehrman)

左がチーフエンジニア

チーフエンジニア氏は「溶接しよう」という

マストを船から抜き取るのはこの環境では無理だ・・・クレーンが必要になるし、私の苦手な電気関連の作業も必要だ・・・

 

「じゃあ、金属の副木を造ろう・・・」

 

ピーターパンの修理工場に案内される

僻地の工場なので機械・設備の修理はここで完結できるよう充実の工場である・・・使えそうな材料を選べという

あとは私が図面を起こせばそれを作ってくれるという

不安で胸が一杯だが・・・それに賭けよう

WILLIWAWの村・・・2

夜半から小雨、朝になり風強くなる

この辺の魚加工業は「ピーターパン シーフーズ」が仕切っている

電話やFAXを使わしてもらい東京と連絡もスムースだ

Alaska Marine PilotsのキャプテンW.コークさんからこの海域の詳細潮汐表を頂く

事務所の女の子から食券をプレゼントされる

結構おいしい!

午後は、自動操縦の破損箇所を見るも油圧系は素人には難しすぎる・・・専門家の助けが必要だ

これから錨泊は増えるので予備の錨、鎖、ロープのチェック

漁船「ミスティー」船長からシャワーの誘い・・・ピーターパンへ

夕方、丘の上のバーへ「ミスティー」の船長も一杯やっている

「君等、歩いてきたの?勇気あるね・・・熊が居るよ・・・」

船長、女性バーテンダー、アレウト人からビールプレゼント3杯も

妻はワイン・・・「酒くさいと熊が寄ってくるよ!」といわれる・・・早めに帰ろう

バーの客は車で来ている

熊と酒酔い運転はどちらが危険・・・?

WILLIWAWの村・・・1

7月30日、物音で起きだすと投錨作業中の漁船

「気まぐれ号(Caprice)」

そそくさと作業を済ませ、手を上げ挨拶して、船内へ入り出てこない

彼らも荒天に疲れているのだろう

08時、「気まぐれ号」を起こさないように静かに抜錨

湾外は昨日とうって変わってフラットカーム(凪)だ

Pankof岬灯台をかわし暗岩(水面に隠れた岩礁)の多い海域へ

写真上  Pankof岬とFurosty Peak(5820フィート)

 

針路前方には霧が出ている、雲の中からは雪をまとったフロスティー峰

「隠れた岩礁と霧」最悪の組み合わせだ

霧にまかれてもパニックにならない様、忠実に海図をトレースする

操業中の漁船数隻と交差する

写真上  振り向くと穏やかな「魔女たち」

 

14時、King Coveのハーバーマスターに無線で入港許可を求める

パナマ船籍の貨物船、日本人が乗っているそうだ

写真上  キングコーブ漁港と村

無線を聞き、日露漁業の高木さんが出迎えてくれる

筋子の出荷最盛期で徹夜作業が続いているという

写真上  日露の高木さん

写真上  陸上電力の設備(ショアパワー)

マリーナのような設備で電気も使える

オヒョウ(ハリバット)をいただき、バター焼き

ロール白菜ひき肉詰め

電気スタンドも明々と船室内を照らし夕食の食卓・・・都会生活だ

但し、村の周りの「ブラウンベアー」に注意しなさいと

 

この後、思わぬトラブルになり、10日も滞在することになろうとは・・・・

私の独断的ヨット論

7月29日深夜から30日の朝にかけ

昼寝をしたせいか目が冴え、航海日誌に書きとめたものだ

 

第一のテーマ

7月28日朝アクタン島を出、24時間を越えるハードな時間

短い時間であったから何とかしのげたのだろうか?

長く、脱出不可能な状況ならどうなっていたのか?

 

24時間不屈の闘志をもち続けたのは確かだ

それ以上の長時間であれば、その時はめげずに戦えるのか?

ただ言えるのは「船を信頼性と、技量と太い肝玉・・・」だろう

信じられる船とシステムは

日本近海で磨いてきたつもりだから・・・またその時はその時だ

第二のテーマ

造水機、発電機、エンジン、オートパイロット、電子レンジ

気象用ファックス、レーダー、GPS、無線機等

壊れやすい文明の利器に頼り、助けられ旅をしているわけだが

今は、飲料水の心配も無く、気象情報は入手でき、荒れた海の調理は電子レンジで熱い湯で火傷の心配のなく、ハンドフリーで船は進む、位置情報も正確だ

 

もちろんこれらの機器が壊れると

修理費用やその為の時間を浪費するはめになる

 

さて、本題に入る

我々の航海の目的はストイックに探検を求めるものではない

これらの便利な機器に助けられ、

日々の生活に余裕や、潤いがある

清水を求めて川や滝へボートを出し重いポリタンクを運ぶことも無い

台所やシャワーでお湯をたっぷり使っても問題ない

天候も最悪の事態はさけられる・・・

 

そして今、アリューシャンの海域で

霧が晴れ、氷河をまとった「三人の魔女」を見つめている

ここにたどり着くには、

今までの日々の延長のような感覚で

自宅のベランダからそれらを見るように

・・・・それにはこれらの機器が必要だった

 

もちろん、すべてが壊れても原始的な方法で

本当の冒険的手法で切り抜ける自信や能力はあるつもりだ

最初からそのスタイルであれは

余りにも我々の求める旅とは違いすぎる

 

便利に暮らしながら、感動的な旅をしたい

力んでいたら、長くは続けていられないだろう

 

誰かに揶揄された「この船は海上の秋葉原(電気製品に囲まれている)・・・」に反論して・・・

 

それにしても、風とウネリが反対だ・・・・!

魔女に抱かれ錨泊

キングコーブ港(King Cove Harbor)へ針路をとるも北東風が強く進まない

疲労激しく2時間でギブアップ

避難錨地とあらかじめ考えていた、ウェストアンカー コーブへ針路を変更する

三人の魔女の一人「イサノットスキー ピーク」のふもとの入り江である

湾の入り口に古い座礁船があり、良い目印である

写真上 錆付いた座礁船

これを見た妻は「ここはいや・・・」と言い出す

確かに難破船を見るのはいやなものだ

少し前の嵐をおもうと・・・

 

さらに4海里ほど逆行しドラハーバー(Dora Harbor)に入る

こじんまりした入り江である

入ると瓢箪型にいったん、くびれているのでウネリも入りづらい

錨鎖を40メートル出ししっかり効かせる

岩壁に囲まれた清潔感いっぱいの場所だ

太陽が出、風も遮られポッカポカに温かい

シャワーを浴びバタリと倒れこむ

 

目覚めると食卓にキャベツの千切りが山盛りで

2センチほどの厚みのヒレカツがドサッとその上に置かれ

ワイングラス(本物のガラス)とワインが置かれていた

珍味のアペタイザーも並ぶ

今夜は妻の誕生日前夜祭である

デザートは虎屋の羊羹「おもかげ」の厚切りだ

 

オケラネット(外洋ヨットの無線ネットワーク)の常連

ヨットではなく本物の貨物船船長「笹田キャプテン」が

ウニマク海峡を通過中と連絡あり

明瞭に聞き取れ、私みょうにハイになる

この危険な海域で、こんなにリラックスしている私・・・エヘン!

 

夜中2時ころ船が奇妙な動き

風とウネリが逆で安定しない

外へ出てアンカーチェック・・・異常なし・・・漆黒の闇

 

夢を見た

クライマー仲間のOさん、お坊さんの衣装、一枚歯の高下駄

同じく妙に訳知り顔のS

昔付き合っていた女性

そして妻

私だけが、「喧嘩だ!冒険だ!探検だ!」とはしゃいでいる

そんな夢

「それにしても、風とウネリが逆さまだな・・・」と

夢の中でも思っていた

ヨットに積んだもの

私たちの38フィートの船は、もともと3LKの作りだったが、1部屋をつぶし、倉庫とトイレに直した。バウ(船首)が船長の部屋でその手前にトイレ兼シャワーがある。そしてリビング。船に入ってすぐ左がキッチン、その後ろが倉庫件トイレで、私の部屋は入って右手前奥である。半畳のスペースに座れる位の高さで、海が荒れた時は、ここで手足をつっぱり、ひたすら耐えるのだ。

ヨットは収納スペースが多く、ベッドやソファの下は勿論、壁もみな物入れになっている。どこに何を入れたか分からなくなるので、そのためのノートも作った。

私たちはある意味貪欲なので有りとあらゆる物を積んで行った。まず、すでに出てきたマウンテンバイク。これは後にニューヨークで盗まれてしまった。そしてクラシックな形の小船、これは上陸用で、アッツ島では、海岸付近で追い波をくらいひっくり返って、船長がびしょ濡れになり、後にヴァンクーバーの友人にプレゼントした。

写真上  ニューヨーク郊外のショップで見つけたプレート、妻からのプレゼント(プレートの文章、多分そのとうりでしょう・・・)

 

そして、登山用具にスキー、これは船長の夢でパタゴニアに行ったときのため。さらに着物一式に三味線。これは、道中お金に困ったら、大道芸人の如くお金を稼ごうと、出発の2ヶ月前に特訓してもらい、弾き語りを1曲覚えたのだ。そのときにタコ焼きも作って売ろうと家庭用のタコ焼き器も積んだ。しかし、幸いその芸を披露することなく進んだ。

他にユニークなのは、鯉のぼり。小笠原で会ったヨットのグループがトンガで鯉のぼりを上げたところ王様に宮殿に招待されたと聞いて、私たちもあやかろうと急遽調達したのだ。

船長は用心深く、ヨットのいろいろなパーツが壊れても直せるようにあらゆるパーツ、ねじや工具、替えのセールも積んでいた。

本は200冊以上あったろうか。読書三昧が私の夢だ。日本酒やワインはあっという間になくなったが、味噌、醤油、お米は半年分を積んだ。出発前のスーパーでの食料の買出しは圧巻である。缶詰やレトルト食品、小麦粉、生鮮食料品、山盛りのカートがいくつあっただろうか。

友だちにはお餞別として、電気の節約に緑色のロウソクを沢山貰い、

行く先々の発展途上国では、ラックスの石鹸が喜ばれると聞いてそれもアメ横で買った。

出発前に「オンディーヌ」は、購入した金額以上にお金を掛けて、かなり居心地良く改良していた。まず、海水から真水を造る造水器、トイレも電動式を追加し、ホールディングタンク(汚水タンク)をつけた。さらに清水タンクを大きくし、軽油のタンク、予備のポリタンクも6つ積んだ。発電機を新しくした。電子レンジとイワタニの冷凍庫も積んだ。太陽電池パネルと気象ファックス、GPSにレーダー。その頃は、携帯電話もPCもまだ一般的ではなかった。

プロパンのガスストーブがあり、アラスカでは助かったが、電気毛布も積んだ。エンジンをかけるとお湯が沸くので、それは本当に有難かった。圧力釜でご飯を炊き、オーブンでお菓子を作る。

ライフラフト(膨張式救命筏)や無線は勿論ある。

最後にパコそっくりのぬいぐるみと前の船のオーナーが置いていった2匹のミスターホワイトベアー、ミスターブラウンベアーと大事な飛ぶ猫の彫刻を乗せた。

写真上  彫刻家 浅井健作さんのブロンズ製

氏の写真集の撮影時、安く分けてもらった

猫に羽根があったら、これ以上の自由は無い・・・二人のお気に入りである

船長、最悪の選択・・・3

19時10分西風が最大瞬間34mをマークしてから

急に風は落ちた

風は落ちたのに西からコントロールしづらい波が

両舷を追い越し、そのつどコースを逸脱する

戦うことに疲れ果てへたり込みたい

潮時である・・・

潮も、波も、風も我々を島には寄せないと信じよう・・・

ヒーブーツー(漂流状態)の準備をする

23時高緯度の夏の明かりもやっと夜のモードに入る

妻にワッチ(見張り)を交代し

私は外で仮眠に入る

遠く航海灯が何個か見える

彼らも戦いに疲れているのだろうか・・・

写真上  7月29日03時光が戻ってきた

ウニマク島もはっきり見える

熱い甘いミルクでパワーを注入する

写真上  「ウニマク島の三人の魔女」・・・

この三つの氷をまとった火山がやっと全身を現した

写真上  Pogromni Volcano 標高6520フィート

花嫁のベール・・・

写真上  Shishaldin Volcano 標高9372フィート

威厳ある容姿・・・

写真上  Isanotski Peaks 標高8135フィート

個性的な存在感・・・

 

紀元前アレウト人全盛の時代から

何隻ものカヌーや船をほんろうし、あるものは海底へ

あるものは満身創痍にし、もて遊び・・・

 

そして今は微笑んでいる。